2006年2月 7日 (火)

QCQW

人の気持ちを品質管理の概念に当て嵌めたとき、
これは低減問題且つ増加問題で、
或る方を満たせば一方が欠ける反比例の矛盾関係が成立する。
例えば、不安が解消し精神的に満たされたとき、
低減問題の値は低くなり、増加問題の値は上昇する。
また、此処にゼロ問題は発生し得ない。

そして、生じる問題の殆んどが、
突発的に好ましくない状況に到る発生型問題であるが、
重要なのは、もう一方の設定型問題への注視だろう。
人は理想・願望と現実のギャップを埋める為に
大きなモティベーションを作り出す。
それを作り出す根拠に、その人の持っている上質世界が
密接に関係している。

一意的やそれに類する上質世界は理想の窮みであり、
僅かな緩みは、何らかのトップレベルの網で篩いに掛けられる為、
類する等の妥協は許されないのだろうか。
僕が何を望んで何処に向かうかは、この一点に懸かっているから、
比較的真剣に考え、採用していかなくてはならない。

しかし、人によっては幼い頃からひとつの上質世界を既に持っていて、
いつまでもそれをモティベーションに生かしている事実も存在しており、
簸たすら考え抜いて見出せるものではない事も、また確かである。
生まれながらや、育ってきた環境にそれを刷り込まれなかったのは、
幸せでもあり、残念でもある。
ただ、或る状況に到ってしまったのであれば、過去はもう変えられないから、
その後どうすれば善いかを考えざるを得ないし、そうすべきだろう。

だから、現実を熟す中で、
時間が懸かったり苛々したり緩慢さを感じてもいいから、
探していこう。
そして、秘めていこう。
僕のクォリティワールドを。


心情に対して抒情的な表現を採り続けるあまり、
奇麗事と賤しさの入り混じった黒と茶と白の墨流しで、
僕の気持ちをペイズリー柄に掘り込んで、
誰の目にも顕かに強調されてしまう。

虚像は道化を蜂起させ、曖昧な感情を絡ませるけど、
ふと見上げた空は、反射に彩られた蒼を重ねて美しいから、
呵責を覚えつつも僕は、その清らかな水槽に浸かり、そして溢れよう。

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2006年1月27日 (金)

オブラート

明らかな後悔の前兆は、なぜか自分を後押ししてしまう。
自分が大好きな自己愛主義者と認識したばかりなのに、
同時に自虐的なそれが、意識の裏でほくそ笑むからなのか。


人が、僕に合わせる事は非常に難しい。
僕は没個性、無いものには沿えないからだ。

僕は優柔不断と優しさを、敢えてか知らず履き違えている。
常に自分の言動を、
優しさという澱粉と寒天で作った半透明の膜に包んで、
それを心の逃げ場所とする。

だから、今やっていることは前後不覚ではない。
人を傷つけたことも、意味のない行動も、
自分でわかっていて、したことだ。

人が生きることは、行動に象徴されるから、
何かしらのリスクを取らないと何も満たせない。
それが大きいか小さいか、
どう捉えるかに依って変わるだけである。



錆びて噛み合わせが悪くなり、老朽化した螺旋が外れかけ、
鈍い音を立てながら働く歯車を持つ物体に、
僕は、がらがらと脆く崩れていく情景を予兆し、思い浮かべる。

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2006年1月23日 (月)

僅か一握

「歴史は必ず繰り返す、だから学ぶんだよ」
懇意にしてくれた或る教諭が、僕に云った。

それならば、繰り返さないために知るんじゃないの。
二度と馬鹿な真似はしないように、先人に学ぶんでしょ。
愚かで卑怯で狂気的な歴史上の偉人達に。
わかってても起こることなら、恐怖を生み出すだけじゃん。
来る失態や後悔に怯えて暮らすだけだよ。

十年前の僕は思春期宛らに、反論を乗せた感想を口にした。
初老の歴史教師は、それ以上の紐解きを与えてくれなかった。

そのかわり、時を経て自分の過去を述懐する中で、
欺瞞を持つ性格が本意を疑いながらも、
「歴史」という解釈の機会を与えてくれた。


僕らは同じ過ちを繰り返す。
僕らはその因果から抜け出せない。
やがてうねり迫る波を予感しながらも、
目を背け、瞑り、安心という名の油断と緩慢を塗りたくる。
そして予想された、不本意な現実に直面したとき、
回避しようと、永らえようと必死に踠き苦しむ。

過去を認知し理解することは、先へと繋げる吊り橋となる。
それは、時に横風に揺さぶられ、吹き降ろしに応じて不安を煽るけれど、
不安定ながらも僕の心の支えとなってくれる。
未来はずっと続くから、歴史はより良い糧となり、
僕はそれを噛み砕いて、飲み込んで消化し、血肉化する。


戦争、支配、略奪、犯罪、宗教、思想、差別、疫病、天災、科学、暴落。

酒、車、煙草、賭事、恋愛、セックス、仕事、生活、人間関係、それと自分。


これらは、
世界と世間が注視したかどうか。
自分を取り巻く環境であるかないか。
僕には、それくらいの差としか感じ取れない。

別角度ながらも大局的に観たとき、
同等の時を確認して生きているのだと、
地球が、自転と公転を永続して生み出した、
ほんの時空のひとかけらなのだと、
苦し紛れな僕の脳に、無理やりそう映らせてみた。
不思議と、拒絶反応と違和感は、なかった。

確かに。
「歴史は繰り返すから学ぶ」
そうだね、先生。

~~~~~~~~~~~~~~



僕は、この世界に生まれた。
16777216色よりもっと色鮮やかな、この世界に生まれた。

貴方達が僕に刻む時の価値が、これ程までに偉大なものだったから、
一秒を定義した権威ではなく、その事実に思いを馳せて、
カラフルな闇に彩られたレム睡眠に引き摺り込まれよう。

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2006年1月21日 (土)

all by myself

安泰を得たいのにと矛盾を禁じえず日々を遣り過ごす様は、
満腹中枢を取り除かれ、腹が裂けても食べつづけるモルモットを観て心を痛める、
徹しきれない無駄な偽善を持て余す、いち研究者のよう。

そう、
実験台、
被験者。

僕らは這って生きるように仕向けられていて、
僕が何らかの欲に感けて熾すPDCAサイクルを、
誰かが観察し、記録し、分析し、蓄積する。
その見返りはいつ頂けるのだろうか。
自己責任で受け止めろと背かれるのだろうか。

もっと現実的に。
この目で確かめ、記憶に刷り込み、顧み省み、ノウハウとする。

高密度な悦びを得るために。
それは僕の場合、自己顕示欲へのベクトル。

共感は一時的なそれから発展させる初動。

だから、
びんびんびんびんとアンテナを張り巡らせて、
今日もシンパシーを探し求める。

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2006年1月19日 (木)

ぐだぐだ考える 弐

一般に正しいと思われる事が、自分にとって納得のいかないものだったり、
嘗て当然としていた行為を、今は理解できないと振り返る事がある。

<<自分の、他に対する責任範囲となる、言論行動迄の決定プロセス(仕事外)>>

1)感情や感想で物事の大骨を形成し
2)理論的に時系列と経緯を系統立てて
3)自分の都合の良い様に程よく脚色曲解
4)相応しいと考えられる選択肢を産出し
6)最も良い(後悔しない)結果を導き出す言動を摘む
~~~

今のところ、思惑と結果に齟齬を生んでいるようだ。
反省が無い、或いは反省を忘れる為に、
過程の修正作業が抜けているだけなのだろうか。

仕事では初めの部分を予め排除し、
既にある事実と、あるべきスタンスに於いて対処するから、
比較的成立していると認識している。

しかし、自尊主張が成り立つ実生活のうえで、
感情からの形成は必須だとも思うし、
それが欠落すると、ただのやせ我慢になってしまう。

直情的は、理論的とも便宜的とも違うから、
後の二者のバランスを採って、選っていかなくてはならないのだろう。

理論的・正統的な考えと、便宜的なそれを咀嚼するうえで、
自分に当てはめたとき、理論的なベクトルを追求してしまいがちだ。

しかし、一般では便宜的な解釈が通用してしまうことが多い。

便宜的な物事の捉え方が、ときに正統な解釈のそれよりも
より本質な理解に近づくのは、世間の多数がそれを本質とするからであり、
その定義が曖昧になっているからである。
つまり本質とは、そのどちらにも近似し得ることになり、
どれが正解ともいえないし、いえることにも成り得る。

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で、結局なにが言いたくて、どうしていきたいのか全く見えないところが、
釈然としない齟齬を齎す今の自分を、如実に反映しているのだろうか。

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2006年1月18日 (水)

オレオレ

僕は、なにかと物事を言語化しようとするから
僕は、なにかと物事の結末を知りたがるから
僕は、なにかと物事の選択肢を狭めるから

僕は、ひとつの出来事の、終止符を渇望した

僕は、相手を苦しめることしかできないから
僕は、相手の貴重な人生の一部を浪費させたから
僕は、相手が人に関わるつらさや苦しさがわかったから

僕は、ひとつの出来事に、終止符を打った

僕は、虐げられられる覚悟がないから
僕は、自尊心が自我に与える影響が大きいから
僕は、心穏やかにと願い、逃げ出したくなってしまったから

僕は、その終止符を、自分への保身に利用した

//////////////
希望の数だけ失望は増える
それでも明日に胸は震える
出会いの数だけ別れは増える
それでも希望に胸は震える
引き返しちゃいけないよね
進もう 君のいない道の上へ
//////////////


ほら 僕らがいま 刻むべき言葉だよ

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2006年1月 6日 (金)

終わり無き

心情の頻繁な喪失と回帰が、
宝を探り当てた探知機のように、短いスパンで周期する。

広い意味で、物忘れが激しい。

次の仕事を瞬間的に、忘れる。
明日の休みの予定を、忘れる。
車・引越しの為の中期的計画を、忘れる。
僕が、何の為に生きているのかを、忘れる。

忘れ易い分、記憶と思い出しが、早く多い。

業務計画を、思い出す。
週末の約束を、思い出す。
貯金しようと思った理由を、思い出す。
人の温もりと、感謝すべき言動を、思い出す。

ゲンキンな性格の要素の一端が見えた。

気持ちが継続しないのだ。
些細なことも、大切なことも、同じように。

感謝の気持ちがすぐ途絶え、自分の言動を顧た時、
思い出し、反省し、また感謝する。
それは全ての感情に対して言えることで、
つまらない事でも、その気持ちを持った時のように、
心の動きに機微を穿つ。

狭視に生きてきた事を、自覚した。
しかし、まだまだ、それを変えていく事は出来なさそうだ。

世界中の多幸を願えど、実現は不可能。
だから僕は、僕を探す深層心理の迷路に、もう少し浸っていようか。

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2006年1月 5日 (木)

蘇生

ひたひた・・・

僕のほうに忍ばせる足音を感じたんだ

ひたひた・・・

必死に目を瞑っても 無表情で流れ続ける現実世界に
約十日間の波と潮の満ち干きが 僕の心を浚おうとした

ひたひた・・・

それは 所々が錆びついた
くぐもった色の鎌を持つ 死神だった

//////
その頃の僕には 映る世界が全て曇っていたから
何もかもが否定的にしか 表現として感じ取れなかったんだ
//////

一刈だった

死神は ある日突然
僕のカラダを真横に さっと薙いでいった

死神は 僕の心の奥にある
哀しみと苦しみの音を 摘み取っていった


ひたひた
ひたひた・・・


それは 僕の周りに居てくれた人達だった

僕が 現実に生き 永く編みこんできた
「人間関係」という名の
繋がりだった
温もりだった

まだ この世界で生きていてもいいんだよと
許しを貰った気分だった
救いを与えられた

彼らに恩返しをしなくちゃいけないから
僕は まだ僕として生を続けることができる


僕に 気持ちをくれた人達に

ありがとう

ほんとうに ほんとうに ありがとう

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2005年12月28日 (水)

空白

ネットにつながらない間、沢山のことが動いた。

僕は悦び傷つき、そして成長した。

ただ、それだけのことなんだ。

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2005年12月 4日 (日)

対、二者視点

自分の魅力に迫る事ができない。
吐き気を催すからだ。

僕は25年間タラタラと生きてきた。
基本的に無気力無感動無表情で、面倒な事からは全部逃げ出していた。
目の前の正義感で物事を熟す、上っ面な自分を評価してくれた大人達を嘲った。
いつまで経っても社会人としての素養が備わらない、オトナに成れない自分を嘲った。

何かを諦めて帰ってきた自分に、いつも吐き捨てる。
「よくそんな顔して帰ってきたな。恥知らずめ」
『別にいいじゃん。自分に合わなかったんだよ。次はできるさ』
「そうだね、がんばったね。今は少し休もうか」

・・・胸クソ悪い。
隠してしまいたい過去は、全部同じ流れを持つ。


一方、ストイックな自分も存在する。
禁欲的な生活が久しく続いている。
結果、そうなっただけかもしれないが、それは何かに対する献身なのかも知れない。
まあ、よくわからないが。

できるだけ相手の考えることを予測して言動するよう努めた。
良くも悪くも、結果として現れた部分は多い。

ボランティアはしたことがないが、無報酬奉仕活動の見返りとして、
清々しさだったり、心が満たされる気持ちがあるのだろう。

しかし、僕のそれは、偽善と呼ぶ。

自分の無報酬奉仕のような言動は、他人にとっての無報酬でしかなく、
本当は、気持ちの見返りを要求しているに他ならない。
ストイックで奉仕的なところが自分の魅力の一つだと考えた瞬間、
その偽善的・性悪な自分が、"裸の王様"のようにバカみたいに浮き彫りになって、
自虐なくらい辱められた気がして、そして、今、改めて吐き気を催した。



そんな僕の、何処を見たのか。自分にはまだ解からない。
きっと、若かりし日々を述懐出来るようになったら、知るのだろう。


これまでの、僕を評価し・見出してくれた方々に、感謝します。
其の眼に、間違いが無かったと感じさせられるよう、生きていきます。


今、僕を認めてくれた君に、感謝します。
君の全てに、安らぎと悦び、幸を齎せられるよう、生きていきます。

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